私の出会った変わった人たち

  • 少し前に公務員のいろいろを見てきて

働きやすい人が多いと書きましたが・・・
中には変わった人もおりました。

今日はその話を。

一人目は長野県諏訪地方事務所のダム課で出会った
ダム課の課長さん。

仕事はコピー取りと
朝のお茶、10時のお茶、お昼のお茶、
3時のお茶を入れること。
良い方ばかりで和気藹々としてました。

ちょうど田中知事が当選し、
脱ダム宣言を派手にしたばかりでした。
人事異動でやってきた新しいダム課長さんは
私にこう言ったのです。
「臨時職員として職員が田中知事を支持してるか
どうかスパイしてほしい。」と。

私はこれを聞いて1ヶ月後、
諏訪地方事務所を自己都合で辞めました。

臨時職員でそこまでハードな仕事は
ムリだと思ったのと
ちょうど時給の良い派遣の仕事が
入ったのでそこへ移りました。

エプソン関連を含め、
パソコン事務の派遣をしてました。

そこで出会った多くの人に
今でも感謝しているし、今も交流のある方もいます。
でもその中で”派遣潰し”と言われる
エプソン女子職員がいたのを私は忘れません。

1995〜1999年当時、エプソンでは
私の知っている範囲では、
社員の中で異動の希望がある場合は
職場間で社員の異動を行い、
一定条件以上の場合、派遣だと聞いていました。

社員が行きたがらない職場に派遣が入る
パターンが存在し、
なんど派遣が入っても
ある一人の社員がその派遣を潰す。

”派遣潰し”の女子職員がいたです。

周囲にはわかっているのに
なにもしない状況に私は驚きました。

私も彼女の元で仕事をし、
契約期間完了前に契約解約を申し出ました。
私が最長だったそうです。

隣の部署の派遣の女の子は
正職員さんと職場結婚したなあ。

その後、また派遣で
エプソン諏訪へつとめたとき、
彼女の名前が
本社近くの事業所にあると聞き
これまたびっくりでした。

ご本人は口癖のように異動したいと言っていたので。
異動したくても異動先がないのかもしれないなと
想像した私は意地悪ですね。

  • あと一人、強烈な印象の方をひとり。

彼はエプソンの派遣で私の上司の一人でした。

現在は退職し、ご自分で事業をしていると
先日、信濃毎日新聞で読みました。

良い方ですが、営業畑で、頑固一徹
アメリカにもいたそうです。

技術系の上司と
殴り合いの喧嘩をするのには驚きました。

そんな劣悪な雰囲気のため
派遣職員が必要だったのかも。

私としては勉強になった2年間でした。

JA信州諏訪でもおもしろい人、
横領した人などもいましたが
こちらはしゃれにならないので

今日はここまでです。

  • 今日、夫が1泊2日の人間ドックから帰ってきました。

午後、小学校に信州大学作業療法士の先生が
巡回療育に来てくださり、
次男も要観察児童ということでみていただき
15:20から夫と面談へ行ってきました。

現状の把握から具体的な対応の提案がありました。
来年も来てくださるそうなので
次につなげたいと思います。
いろいろできるかな。。